最終決戦前
元ネタ:夢野久作 瓶詰の地獄
とある幼い兄と妹は無人島に流れ着いた。
何年も何年も迎えは来ず、豊富な食物の中裸で過ごしていった。
そして兄と妹は男と女として意識していく。
だがそれは教えと神に反する行為。
島へ迎えが来る前にその兄妹は自殺した。
*****
ジョシュアは書庫でとある本を借りた。
それはハルポクラテスが読むようなものだろうか、そんな話だった。
そしてそれは自分たち兄弟に重なる。
自分たち兄弟は無人島に流れ着き、この兄妹の様に2人だけの世界だったわけではない。
ただ18年の月日は兄弟の一線を超えるほど互いに恋焦がれ、1人の男として惹かれてしまった。
そして互いを求め抱き合う。ひたすら獣のように。
ヴァリスゼアでは同性と契ることは珍しく無い。
男娼もいるしその客も男だ。
ディオンも恋人は男だ。だが彼は王子という立場でテランスとの仲を公にはしていない。
それはジョシュアも同じだ。
ドミナントの血を子孫を作り残さなければならなかった。
だが今、ロザリアは無くドミナントの存在自体も無くなろうとしている。
世界から魔法は無くなり、ドミナントもベアラーも人として生きるための世界へ向かう。
そのために戦っている。
そしてこの世界の神はあのアルテマだ。
この本の神は恐らくアルテマではないが、人が作った存在の神だろう。
だが兄弟である…自分たちの行為は…
「ジョシュア、どうした」
ソファーに腰掛けクライヴは本を読んでいた。
時折クライヴは昔の懐かしさで冒険譚の物語を読む。
15年間奴隷と過ごした中で本を読むことなど無かった。
だが今はたまには良いんじゃないかと隠れ家の仲間に言われ、物語を息抜きに読んでいる。
そんな兄の腰を横から手を伸ばし、ジョシュアはクライヴの腰に顔を埋めながら抱きついていた。
クライヴはそんな弟の頭を昔のようにぽんぽん、と撫でると「はぁー」とジョシュアはため息をつく。
「なにかあったのか?」
「うーん…」
ジョシュアは顔を上げずに返事をする。
「本を読んだんだ」
「どんな?」
クライヴは悪気なくそう返すが、『本を読んだ』と言った以上特に問題のない返事だ。
ただジョシュアの読んだ本に問題があり、そのジョシュアがため息をつきクライヴのその返事に返す言葉に詰まるだけで。
きっとこの話をすれば兄は…クライヴは自分たちのことを真面目に考え元の『ただの兄弟』に戻るべきだと言うだろう。
ジョシュアはそのことが怖かった。
兄弟の一線を超え愛し合い、抱き合い、ひたすら求めあう。
イフリートとフェニックスがひとつになった時これまでにないあたたかさと安心、思いを感じた。
本当はクライヴと今の関係になることなどないだろうと思っていた。
だが再開し兄と抱き合い、思いは止まることを知らない。
唇を重ねひとつになったあたたかさを少し感じた、そして兄の中に自身が受け入れられた時かつてない幸福とあたたかさを感じた。
イフリートとフェニックスがひとつであったように、顕現していない生身の自分たちさえもそうあったかであるように。
「無人島で2人きりで育った兄と妹が男と女になった…そんな話だよ」
ジョシュアは「はあ」と息を吐き震える小声でそう言った。
そんなジョシュアにクライヴは
「話はそれで終わりか?」
と聞いた。
ああ、なんて酷いことを聞くんだろう。
ジョシュアは顔を上げずまた
「崇めていた神の教えに背くからと自殺したよ」
「…」
あははっ…と苦笑いしながらそう吐いた。
胸が痛い、アルテマを封印して石化が進んでいるからではない。
兄にその話と結末を話したからだ。
自分はクライヴとの関係を後悔などしていないから、クライヴの返事が怖いのだ。
突き放され…やはり後悔して『兄弟』に戻ることを望むのではないのかと。
そもそも自分はあのままロザリアでの生活が続いていても兄のことを思っていただろう。
18年間離れて思いが拗れたなど思ったことがない、きっとあのまま続いていても兄を求めた。
ドミナントの血が、と言われても兄以外を愛したり抱くことなんてできただろうか。
仮に妻を持たず側室でも、子をつくることも、その愛していない側室との子を愛せただろうか。
きっと兄が結婚するとなっても嫉妬に狂うだろう、ジルならまだ諦めはつくかもしれないが…
彼女も家族だから。けれど…本当は…
2人は言葉を交わさず、時は進んでいく。
いつのまにか日は暮れていた。
互いに何も言葉を発さず過ぎていく時に、言わなければ良かった。
ジョシュアは兄に甘いとはいえ言うべきでなかった、と後悔した。
「俺は後悔もなにもないよ、そんな終わりにはしない」
クライヴの手はジョシュアの整ってはいるが癖のある、美しい髪を優しく撫でていた。
髪に指を絡ませ、心地よい感覚に包まれ、もう片方の手でジョシュア顔を自分の顔に近づけると唇に口付けをする。
そのままジョシュアがいつもするように、クライヴはジョシュアの口の中へ舌を入れ深く愛していく。
ジョシュアはクライヴのつたない口付けに焦ったさを感じ、両手をクライヴの頬に添えると強く口の中を犯し、吸っていく。
「んーっ!」
クライヴは呼吸がきつくなりジョシュアの胸を軽く叩くと「ああ、苦しかったね」と唇を離した。
「だって兄さんの口付け、焦ったいから…男根に対しては上手なのに」
「っ…!そう言うな…俺は…そっちの経験が多いから…むしろお前が上手いのが、その…不安になる」
口を手の甲でおさえ、頬を染めながらクライヴはじーっと冷たい目でジョシュアを見る。
ジョシュアはクライヴの奴隷時代のその経験についてはよくは思っていない。
自分のことをそう疑い勝手に嫉妬するクライヴもお互い様だろう、と。
逆にクライヴ一筋でまわりになんと言われようが断り、自慰だけで身を守ってきた自分を褒めて欲しいものだ。
あなたとそういう関係になれないと分かっていても。
「あのね…なんども言うけど、兄さんのことだけで一切そういうことないから。ただの本の知識。僕は兄さんがそう言う目にあったことの方が傷ついてる」
「…すまない」
「責めてるんじゃない、謝らないで。救えなかった僕にも問題はあるんだ」
しゅん、と暗い顔のクライヴをジョシュアは強く抱きしめる。
ああ、あたたかい…このままひとつになってしましたい。
「さっきの続きだが」
「うん」
「たとえ否定するのが神だとしても…教えに背いているとしても、お前を弟以上に…男として愛してしまってもお前を捨てたり捨てられる気はない。ただの兄弟に戻ることは…もう無理だ」
クライヴはジョシュアの胸に頭を埋めたまま抱き返すとそう言った。
「俺がはっきり言わないから不安になるんだろう。すまない…弟としてもだが、誰よりも何よりも愛している、ジョシュア」
「クライヴ…」
兄弟の愛に嘘はない。
ただ兄弟の枠に収まらない愛となっただけで。
恋人と世間がいう関係なのだろう。だが兄としても1人の男としても愛している。
この関係の名前が分からない。
きっと恋人や認められない関係だったとしても、魂はまた兄弟でいることを、兄弟でこの関係を望むだろう。
「クライヴ、好きだ、愛してる、誰よりも…間違った愛と関係でも」
ジョシュアはクライヴを押し倒し、頬から口、首から胸へと口付けを落としていく。
「間違ってるなんて誰が決めるんだ。神は俺たちが倒すんだろう?アルテマでない神でも…きっとそうだ」
やっぱり兄さんは僕のナイトだ。
ジョシュアはクスッと笑う。
他の神も倒すと言うのか。自分たちを否定する。
アルテマを倒すとのは違い、理由も個人的なもので世界のためでもないだろう。
けれど兄はそう言って弟を安心させる。
やっぱり僕らは兄弟だ。それは否定できない。
けれどこの愛は兄弟以上のもので本物なんだ。
*****
「ジョシュア?」
クライヴが目を覚ますと、寝る前に自分の隣にあったジョシュアの姿がない。
起き上がりあたりを見回すとクライヴの机でジョシュアが何かしていた。
カサカサと言う音とインクの匂いでなにかを書いていることは分かる。
「おはよう、兄さん」
クライヴが起きたことに気づくとジョシュアはクライヴのいるベッド向かって腰掛ける。
ん?っとジョシュアが目をつぶり何かを求めている。
ああ、あれか、とクライヴはそのままジョシュアの唇へ口付ける。
いつからだっただろうか、「おはようの口付けを口にして!」とせがむようになったのは。
10歳になる前…だっだったと思う。ジョシュアのナイトになる!と言った後だったか。
おはようの口付けのあいさつは母がいない時にこっそり額や頬にしていた。
それはジョシュアも同じで、クライヴがしゃがみジョシュアは額や頬にしていた。
だがある時「なんで僕たちは口にしないの?」と言い出した。
流石にそれはクライヴも驚いた。口は愛する人だけにする行為だ、父上も母上も口だけは愛する互いにだけで、俺たちや将軍にはしないだろう?と。
だがその答え方が不味かったのか、「僕は兄さんを愛してるよ?兄さんも僕を愛しているでしょう?問題ないよね?」と返された。
その時クライヴは思った。
この弟は素直に言っているだけだが、口に勝てないと。
疑問を抱かず純粋な言葉だからこそ余計に。
クライヴはそんな弟を否定することはできなかった。
その言葉を変に否定することはジョシュアは己を愛していないと受けとると思って。
それからと言うもの人目を忍んで、おはようの口付けをしていたがだんだん『おはようのあいさつ』としてでだけでなく、隙さえあれば口にしてきた気がする…
そんなことをふと、思い出していたがジョシュアへの口付けはだんだん深くなり昨晩の夜のことを体は思い出し疼く。
まだ服は着ておらず下着も着けていない。
散々抱き合った体にはあちらこちらにジョシュアからの愛の証が散らばっている。
弟は…この男は独占欲が本当は強い。
昼間に『みんなのシド』であるクライヴを『僕のもの』として夜は散々愛し、愛を囁く。
その行為にクライヴはジョシュアさえいればいい、とあの13年感に戻りそうになる。
ああ、だめだ。このままだとまた…
反応しかけている自身から意識を逸らし、ジョシュアとの口付けを無理やり終わらせる。
ジョシュアはまだしたかったそうで不満げな顔でクライヴをじっと見つめる。
「俺の机でなにをしていたんだ?何か書いていたようだが…」
「手紙だよ」
「ああ、教団にか?そろそろ報告も確かに…」
「違うよ。知らない誰かに…ね」
クライヴはジョシュアの言葉に「?」となる。
『知らない誰かに』とは。
ベッドから机に戻ると手紙と昨日飲んだ空になったワイン瓶を手にこちらへ来る。
何故手紙だけでなく空のワイン瓶も。
クライヴは更にジョシュアの行動がわからなくなる。
「昨日、僕が読んだ本の話をしただろう?それの真似事さ」
「あの本の…だがあの内容は」
兄と妹が男と女になり…自害をした。
決して明るい話ではない。
「兄妹は酒瓶に手紙を入れて海流してたんだ、親に…懺悔を綴った手紙を書いて」
「…」
やはり明るい話ではないではないか。
ジョシュアのその真似事は自分達の関係を後悔している、そうにしか聞こえない。
あんなに『後悔なんかしているはずはない』と言うくせに。
そんなジョシュアの行動にクライヴは胸がちくちくと痛むと同時に苛つく。
「あ、勘違いしないで兄さん」
クライヴの様子を察したジョシュアはクライヴを抱きしめ耳元で囁く。
「僕がこの瓶に入れて流す手紙の内容は…僕たち兄弟は、兄弟の道を踏み外すほど愛したけど決して後悔はしてない、幸せだよ、ってことだから」
「ジョシュア…」
「もし何かあっても…僕たちのことは誰かに知ってて欲しいんだ。愛は誰にも否定できるものでない、神でもって。まぁ僕たちは神と戦うんだけどね」
ジョシュアの顔は見えなくても、何かを決心している声だった。
だがクライヴは何を決心しているのか分かってしまう。
そんなことさせるものか、何があっても。
「その、『何か』は起こさせない」
「クライヴ」
「だが…手紙自体はいいと思う。俺たちのような関係で苦しんでいるものがいたら、これを読んで救われてほしい」
「…そうだね」
クライヴはジョシュアを抱き返し、互いに熱を感じる。
絶対に離さない、死なせないと。
互いに思って。
*****
クライヴも手紙を書いて瓶の中に詰めた。
隠れ家から流すのは流石に…と故郷であるロザリアの地で瓶を3つ流した。
ひとつはジョシュアの、ひとつはクライヴの、そしてもうひとつはふたりで書いたもの。
それぞれの手紙を入れた瓶は川を流れていく。そのうち海に流れた瓶は他の大陸に行くかもしれない。
名前はイニシャルだけだが、ヴァリスゼアの人間が拾った場合は誰のことか気付いてしまうだろう。
それでもいい、兄弟2人が愛しあっても後悔はせず幸せであったことが伝われば。
きっとまた魂は『兄弟であること』を望む。
また困難な関係になるとしても。
それが自分たちの愛の形だから。
「帰ろうか」
「うん」
そよ風の中、ジョシュアはクライヴの手に自分の指を絡ませ、口付けをした。